ブルートレイン1

13日に鉄道開業140周年記念イベントとして寝台列車ブルートレイン
東海道本線の東京駅〜早川駅間を一往復し、一日限りの復活を果たしたというニュースを聞いた。
私はこのニュースを聞いて
「つまらん、こんなブルトレはつまらん!」(大滝秀治風に)
と強く感じた。
今回のブルートレインは夜行列車ではなく団体臨時列車として昼間に運転された。これではブルートレインではなく寝台列車の見学会だろ?と思った。(後に団体臨時列車「出羽」で横浜駅秋田駅間を夜行列車で運転したことを知った)
昔のブルートレインはよかった。1970年代の「ブルトレブーム」を私は知っているため現在の衰退期もよく知っている。
私のブルートレイン初乗車は1993年に「寝台急行銀河」

大阪駅→東京駅間であった。まだブルートレインに乗車したことが無かったのでB寝台の下段に乗車したが昇降するための折りたたみ式はしごが中央部で収納することなど実際に体験出来てうれしかったがあっという間に東京駅に到着してしまい、何だか物足りない感じだった。
1999年に「寝台特急北斗星

の札幌駅→上野駅間に乗車した。念願の10時間以上の乗車と北海道ブルートレインであった。
一番楽しみだったのが「食堂車」(グランシャリオ)での食事であった。1993年のダイヤ改正によりブルートレインの食堂車(北斗星トワイライトエクスプレスは除く)が営業休止となり食堂車を利用することが出来なかったのがとても残念である。
少し形が違うが食堂車でのフランス料理フルコースを堪能した。横にいた方から私の記念写真を撮影して頂いたことと翌朝の洋朝食を注文してオムレツを食べたことがいい思い出となった。
1990年代後半から285系サンライズエクスプレス」やE26系「カシオペア」の次世代寝台列車が登場したが寝台特急なはの西鹿児島駅→新大阪駅間と寝台特急あかつきの長崎駅→京都駅の九州対関西ブルートレインにも乗車した。
2004年に「寝台特急あさかぜ」

の広島駅→東京駅に乗車した際、普通は乗車すると座席番号を確認してからゆったりするが私は一目散にラウンジカーに乗り込み一杯やっていたら車掌さんから「検札を受けてからラウンジカーを利用してね」と言われ、乗車券等を見せてから再度飲み直した。その時、350mlの缶チューハイ5本、広島風お好み焼き、コロッケ5個、スナック菓子をたいらげた。岡山駅を過ぎた頃には眠くなりB寝台の上段で眠りについたが約半日の旅は楽しかった。
しかし、翌年に予期せぬ出来事があったので続きは後日書くことにする。

追記れす♪
読売巨人軍プロ野球セントラルリーグクライマックスシリーズ制覇、日本選手権シリーズ進出おめでとうなのれす♪